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  • 2018.01.16 Tuesday
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作曲家になりたくて〜作曲家にしてくれた奥さん

以前書いたこちらの記事

 

「作曲家になりたくて〜描けない未来の姿」

 

の、続きとはまた違うのですが

 

9年前の2008年8月2日

 

僕らは結婚式をあげました。

(縦に直せない・・・)

 

 

9年経って思う事・・・

 

 

 

僕が今こうして作曲をやっていられるのは

本当に奥さんのおかげです。

 

 

 

結婚する時

 

作曲の仕事も全然なくて

アルバイトをしていました。

 

テレアポです。

(結婚式前は費用を稼ぐために月180時間くらい働いていましたね)

 

 

・安定して稼いでいなければ結婚できない、してはいけない

 

 

と、思っていたので、

付き合ってはいたのですが、結婚という現実まではとうてい考えられませんでした。

 

 

でもある時奥さんが言ったのです。

 

「結婚するか、出ていくか、決めて!」と。

(&結婚するなら煙草を辞めるのが条件とも言われましたが)

 

 

僕は煙草を辞めて(煙草大好きだったので禁煙の本を読んでやめられました)

結婚を決意!

 

 

第2の関門は奥さんの親への報告というか、伝えにいくことですが

(もう、相当緊張しました)

 

これがなんと、反対されず、OKをいただきました。

 

よく、僕のようなフリーターとの結婚を許していただいたと思います。

 

しかも

 

音楽は10年かかるから応援する、とまで言っていただたのです。

 

 

 

2008年から2015年は作曲しつつ、アルバイトを継続しています。

 

大きな仕事もしていないというのもあって

自分が「作曲家」と名乗ることが出来ませんでした。

 

 

でも奥さんは、僕を人に紹介する時に、いつも

「作曲家の夫です」

 

と、紹介してくれました。

 

 

また、書類の職業欄とかに書く時も

「作曲家」と書くように、言われました。

 

 

 

こうして少しずつ、自分の口からも

「作曲家です」と言えるようになり、

 

やはり口に出して言うことで、

だんだんそれが現実になっていきました。

 

 

 

テレアポのアルバイトで、あと2か月くらい働けば

ボーナスにあたる50万円がもらえるという時に、

 

僕はかわった上司がすごく嫌で、「テレアポやめる」と

伝えた時も

 

「分かった、いいよ」と、言ってくれました。

(あの時の50万あればな〜ってたまに言われますが)

 

 

2015年の「もうアルバイトを辞める」と言った時も

 

「いいんじゃない?」と言ってくれました。

 

本当にありがたかったです。

 

 

 

でも、その後はなかなかそれは大変で

 

作曲だけではほとんど稼げませんから

 

奥さんの働きでいつもなんとかしてもらっていました。

 

 

お金のことで、よくケンカはしますが

僕があまりにも自由にやっているので

怒るのも当然だと思います。

(ようやく最近反省して、自分でなんとかしようと思っています)

 

 

いつもどこかで、「なんとかしてくれる」って思っていたので

甘えがだいぶありましたが

それを「甘いんだよ」って叱ってくれるのも奥さんです。

 

 

 

子どもも欲しいけど、今のままでは・・・って思っていても

奥さんはあまり心配せず、二人も生んでくれました。

 

 

子どもがいる生活は、想像以上に幸せです。

そしてなんとかなっています。

 

 

 

迷ったり、弱くなったりした時、

 

 

時には引っ張ってくれたのが奥さんであり

 

 

時には何も言わずに見守ってくれるのも奥さんであり、

 

 

今こうして、音楽を続けていられるのも

 

本当に奥さんのおかげです。

 

 

 

やはり、運命ってあると思いますし、

 

僕と奥さんが出会うのは運命で決まっていたと思います。

(二人で苦労を重ね、喜びを倍にする人生って生まれる前に決めてきたんだね、

ということにしておきましょう、ね)

 

 

 

結婚も子どもも、

 

 

迷う僕を押してくれたのは奥さん。

 

 

本当にありがとう。

 

 

迷いつつも、進んでみたら

大丈夫って事がほとんどだと思います。

 

 

不安のまま進んでみる。

 

 

不安に思ってもまだ何も現実に起きていないから

考えるのをやめて

出来る事、楽しい事に没頭してみる・・・

 

 

僕はまだまだ、継続してまとまって稼いでいないし、

印税もまだまだなので、常に不安と戦っていますが・・・

 

 

とりあえずできることをやります。

 

 

そして、いつの日か、

 

奥さんにプレゼントもしたいし、

旅行も行きたい。

美味しいお店に連れていきたい。

まだ出来ていないから。

 

あっ、新婚旅行も行ってない・・・

(温泉は行ったけど)

 

 

 

いつか、なんて言ってたらダメか・・・

 

 

でも、いつか必ず・・・

 

 

 

今も幸せ

 

 

そしてもっと幸せになる

 

 

 

ふと・・・

 

これ読んで下さった方、面白かったか???

 

 

まあいいや。

 

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 


夢見鳥初演終わりました

邦楽いろはにほ〜其の十八〜

ヴァイオリンとの出会い

 

岩間市民プラザ(こちら

 

 

無事に終わりました。

 

 

今回の委嘱作品は

ヴァイオリン、尺八、20絃の三重奏で

蝶をテーマにした

「夢見鳥」

 

本番はさすがの素晴らしい演奏で

とても素敵な曲に仕上げて下しました。

 

演奏者あっての曲。

 

こうして自分の曲を演奏していただくことは本当に嬉しいです。

 

この邦楽いろはにほ〜では

2010年の山中湖国際音楽祭をきっかけに出会った

尺八の米澤浩さんと箏の熊沢栄利子さんから

毎回のように作品を委嘱していただき、

今の僕がいるわけです。

 

邦楽器を全く知らなかった僕に

作品を書く機会を与えていただき、

そしてまたたくさんの事を教えていただいて

今がある。

 

本当に育てていただいたお二人で、

このお二人がいなかったら、

ここまで邦楽器を書く機会はなかったでしょう。

 

本当にこういうご縁ってあるのですね。

 

そして舞台では作曲者も曲について

お話します。

 

以前はとっても緊張し、また作曲と名乗るだけでも

ドキドキしましたが

それも回数を重ねるごとに慣れてくるものですね。

 

落ち着いてお話しできるようになりました。

 

堂々と「作曲者」の名乗ること、これは慣れですね。

 

それがだんだんと普通になってくる。

 

面白いものです。

 

 

今回は日本音楽集団の団員である二人の作曲家の方とも

一緒だったので

お二人の作品を聞いて、とっても勉強になりました。

 

現役の作曲家の方とお話ができるのはとてもありがたいことですし、

「面白い作品だね」と言われると、やはりとても嬉しいです。

 

 

やればやるほど怖いというか、作曲の難しさ、楽器の奥深さを知り、

まだまだだな〜と思います。きっと一生勉強だからいいのですが

もっともっといい曲がかけるようになりたいなと思います。

 

 

打ち上げでは、日本音楽集団のメンバーがたくさん。

 

そういう方達とお知り合いになれている自分は、

少しずつ、そういうステージにあがっているのだと

思っています。

 

現実はゆっくり、でもたしかに動いている・・・

 

 

いつかは日本音楽集団の作曲家になっている自分が

いるでしょうか?

 

 

そこは大きな流れに身を任せるのみ・・・

 

 

自分の好きなことをやっていると

自然と自分のまわりは、それにかかわる人との

つながりが多くなってくるはずです。

 

昔は無理して名刺を渡したり、とにかく縁を、って思っていましたが

今は違います。

 

出会うべき人には、自然と出会うはず、と。

 

そうゆったりと、自然の流れ、大きな流れ、必然を信じているので

がっつかなくなりました。

もちろん、「この人と仲良くなりたい」って思ったら

自分からいきますよ!

 

自分の心が楽な状態のままに、

自分の心が望んでいるなら、その通りに

 

すればいいだけだと。

 

最近大好きな田宮陽子さんのブログ。こちら

 

ここでもワクワクというキーワードが出てきました。

 

僕がいいなと思う人は、やっぱり好きなこと、ワクワクを大切にしています。

 

そうすれば人生がうまく回ってくるから。

 

好きなことをしていればまわりもそういう人に自然と囲まれる!

 

だから自分らしく、自分の感覚を大事に生きればいいだけです。

 

なんと楽しみな世の中でしょうか?

 

ということで

 

ご来場の皆様、ありがとうございました。
 


初の映画音楽に関わった作品完成

ついに、初めて映画音楽に関わらせていただいた作品が

完成しました。

 

「いただきます みそをつくるこどもたち」

 

http://itadakimasu-miso.jp/

 

 

この中のテーマ曲として使われている

「星めぐりの歌」を

 

・ピアノソロバージョン

・弦楽四重奏+ピアノバージョン

・子どもの合唱バージョン

・バイオリン+ピアノバージョン

 

と、いくつかの編成でアレンジしたものが

映画の中で使われています。

 

本当に嬉しいことです。

 

映画は上映会という形で、各地で上映されるようですので

お住まいの近くで、もし上映会があったら

ぜひご覧になってみて下さい。

 

僕個人としても

 

6歳と0歳の子どもの親ですし、

味噌の大切さを感じていますし、

 

まさに内容も共感できる作品だったので

本当によかったです。

 

こういった仕事を依頼されるチャンスというか、機会ですよね。

 

一体どうしたらそういうチャンスに巡り合えるのでしょうか?

 

結論は

 

流れに任せる

 

 

もう、ほんとうにこれしかないと思います。

 

神の采配。

 

全ては思い通り。

 

力を抜く。

 

もう、自分の予想外のことが起きますから、人生は。

 

だから、頭でいろいろ考えていてもあまり意味はないな、と思います。

 

 

僕の場合は、

 

口コミで、監督とつながり、

 

依頼していただいた、という流れです。

 

 

映像の仕事に関われるなんて、自分の力では難しいこと。

知り合いがいるわけではありませんから。

 

どこかに売り込むっていっても、あまり期待はできない。

 

目の前の来た仕事を楽しく、一生懸命に取り組んでいた、その先に

こういう出会いがあった、ということなのです。

 

「誰か、いい音楽を作れる人、ご存知ないですか?」って聞かれて

 

「いますよ、相澤さんっていう人なんですが、

希望通りの音楽を作ってくれますよ」って

 

僕を紹介して下さったのです。

 

口コミこそ、最強だと思います。

 

 

ちなみに、

 

僕はこの初の映像の仕事ということで、

いただいた予算(最初は15万、あとで合唱追加で20万)をどう使おうか?

 

僕は、やりたいと思っていたこと、経験したことのないことをしたいと思ったので

 

ちゃんとしたスタジオでレコーディングし、

・演奏者の手配もし、

・プロの子ども合唱団にも依頼&打ち合わせし、

 

そうやって、レコーディングの流れというものを

自分で体験することが出来た!

 

これが一番の僕の収穫でした。

 

 

なので、自分の作曲料や編曲料は一切考えていません。

残ったらラッキー、くらい。

 

全部必要経費に使いました。

 

でもそれは

 

僕にとっての、大きな大きな財産。

 

ここで、ちまちま自分の取り分なんて考えてたら

それこそ大きな経験をすることが出来なくなり、

 

つまりは、自分への投資をすることが出来なかった、となり、

 

きっと、今後の大きなチャンスやお金を逃すことになるでしょう。

 

そしてもちろん、今回経験したことで

 

映画音楽に関わったという

 

大きな実績を残すことが出来たのです。

 

これも最強!

 

 

ということで

 

今回の作曲家になる方法とは、

 

仝コミが最強。そのためには、目の前の仕事を全力でやるのみ!

 

何に投資するか、自分の経験を積むために、僕は自分の取り分よりも経験を重視した。

 

0譴聴譴弔、ほんの一滴が、・・・いつかは大河となる。

 

 

 

なみに

 

作曲家と名乗り始めた頃は、まあ今そうですが

「いくらでやっていただけますか?」という質問に答えるのが、まあ難しいこと。

 

そんなに経験ないし、でもお金も欲しいしって。

 

だから最初は無料でもいいし、少額でもいいと思います。

 

だんだんと値を上げていきましょう。

 

欲しい額をきちんと言いましょう。

 

そして思ったよりいただける場合も、

 

遠慮せずにいただきましょう。

 

僕は10万、20万の仕事、

 

もう普通になってきましたから。

 

慣れです!

 

そして、それは自分がそれだけいただける作曲家だと、自信を持つことも出来ます。

 

だってお金をいただく作曲家になりたいんですよね?

 

じゃあ遠慮せずに。

 

 


自信とは・・・

いつも読んでいる大好きなhappyさんのブログ

今日の記事の中にも、素晴らしい言葉がありました。

「自信とは自分の感覚を信頼すること」

これは、素晴らしい一言ですね。

自分の内側で、心の中で、感じていることがあるんです。
それを見逃さず、大切に扱う。

僕が今、作曲家の道を歩み続けることが出来ているのは、

「それ以外にやりたいと思ったものがないから」

まずは、高校生の時です。

「将来はどんな仕事をしようかな〜」って
学校に置いてある職業一覧、っていう分厚い本を読んで
自分が一番やりたいと思う仕事を探しました。

全部見ていって・・・



「何もない!」

いや〜びっくりしましたよ。

自分がやりたいと思った仕事、惹かれた仕事が一つもなかった。

その当時から、会社で仕事をする自分のイメージは全く持てなかったですし、
会社で働くことに、まったく魅力を感じませんでした。

ということで、残されたのが教師。
音楽か体育か?

ただ自分が好きな科目なんですが
どっちがいいかな〜って迷って、
音楽にしました。
(体育は得意な人がいっぱいいましたし)


で、次は大学。

大学選びのポイントは
・一人暮らしをするために都会に出る
・国立の大学(学費安いし)

もうとにかく一人暮らしに憧れていたので
それが出来て、都会ならどこでもいい、と思っていました。

そして気合で千葉大学へ。
(部活もやめたし、浪人なんて絶対カッコ悪いから嫌だって思って頑張りました)

大学生活といえば
・友達作りたい
・彼女欲しい

まあ、これくらいしか考えていない学生でしたね。

その気持ちに応えるべく、
サークルに入ったり、女の子を誘ってみんなで遊んだりしたわけです。

途中で、仲間が海外へ留学に行きました。

これがもう、羨ましくて羨まして・・・
「僕も行く!」と決意!

僕は音楽科の声楽専攻でしたので
当時はイタリア歌曲をよく歌っていましたから
「行くならイタリアのみ」(サッカーも好きでしたし)

ということで、奨学金のある制度を利用して
イタリア語で論文を書いて、
見事合格して、
田舎の町を代表ということで、壮行会もしてもらって
いざ、最後の面接に張り切って行った時、

「やっぱり辞めます!」って辞退したのです!

え〜、何で??

始めから規則に書いてありましたが、
行きたい留学先の国は、三つから選んだうちの
どこに決まるかは分からない、とあり、
全部別々の国を選ばないといけなかった、のです。

いや、実は初めにそれは知っていましたが、
どうしてもイタリアに行きたかったので
全部イタリアの大学を書いて出したのです。

そしたら、当然、他の国も選ぶように言われ、
(僕は情熱が通じて、きっとイタリアに行けると勝手に思い込んでいました)

「どこの国に行くかは分からないなら、辞めます」って
断って帰ってきちゃったのです。

まあこれは、ミスというか思い込みというか・・・

でも、その時の心に従って、行動したので
悔いはないです。

でも、よく考えたら、よく親も許してくれたと思いますよ。

「ひろまさ君、外国行くんだってね〜」って
「イタリア行くんだって?」って

近所ではうわさになっていましたから。

それに、壮行会までしていただいたのに、行かなかったんですよ。

これは普通に考えたら、すごい迷惑ですよね〜。

僕も親も、よく貫いた?と思います。


そして、いよいよ教師になるために、
3年生からはもう勉強をして、
教員の試験勉強も始めましたが・・・

「これがとっても難しく&全然分からない」という・・・

やる気が失せまして・・・

「まあ、学校の音楽の授業っていっても、好きな曲だけをやるわけにはいかないしな〜」とか
「自分が好きではない音楽を教えるのってなんだかな〜」とか

へんな言い訳をしつつ、教師への魅力が減っていき・・・

そこに、僕が探し求めていた音楽「久石譲」さんのCDに出会い、感動!

「うわ〜作曲家になりたい!」と思って、

「まあ、少しくらいプーしてても、人間の魅力も出るし、
22歳で先生にならなくてもいいでしょ」って考えて、
作曲家になるべく、
フリーターの道を歩み始めるわけです。

作曲家になる自信はあったか?と言われれば
「あった」と答えるでしょう。

でも、その自信はどこからくるの?といえば
「自分の感覚、気持ちに従っただけ」

ということです。
なりたいと思った!そして他にやりたいことはなかった。
(一般的にフリーターはダメ、とか、就職しなきゃいけないとか、
そういうことは気にしないです。やりたくないから)

就活なんてしたことありません。だって就職する気はないですし、
やる必要もないし、やりたくないし。

まわりの声は一切関係ありません。

自分の声、これが何って言っているか?

それが一番大事で、それこそが自分の人生を生きる、ということになると思います。

happyさんも書いているように、これにはトライ&エラー、
繰り返し繰り返しの訓練が必要で、
僕もまだまだ、嫌だと思っていることに蓋をして、我慢してやったり
「自分がやらなきゃ」って責任感でやったりしているところもあります。

やらされているのではない、自分で選んで、自分の人生に責任を持つ。
何があっても受け入れる覚悟。

全ては必要な事。全てはいい方向に行くための出来事。

「断ったら悪いかな」とか、そういうのがへんな恐れで、
自分の気持ちから逃げたりしています。

「嫌なものは嫌」「やりたくないんですけど」って言えばいい。

自分の人生、
自分が好きなことだけ、好きな人とだけ過ごさないと
勿体ない!

嫌な気持ちの時間、やりたくないことをやっている時間なんて
どんどん減らさないと、本当に勿体ない!

ということで、長くなりましたが、

信頼という、自分の感覚を大事にすることが
自分の人生を作っていくんだと思います。
自信に根拠などいらなくて、
自分が感じていることをただ、信頼していればいいのですね。

そうすると、やはり宇宙は自分の予想外のところに
導いてくれます。
大きな流れにのることが出来ます。

自分の頭で考える必要はないってことです。

さぁ、作曲家目指して、
心に従って
好きなことをやりましょう!


 

作曲の依頼2016年3月現在

日々、必ず読んでいるhappyさんのブログ!

http://ameblo.jp/ses-happy/


世界は自分で創る、です。

自分が大好きな世界に溺れる!

いいですね〜。

我慢して〜する、というのは
それを自分が選んでしているということ。
させられているものじゃないんですね。

で、僕は作曲家になって、たくさんの素敵な曲を書いて、
それを演奏者やお客さんが喜んで下さったら、
とっても嬉しいわけです。

音楽を書く、作曲をする、楽譜を書く、

これらは全然、苦労じゃないんです、

生み出す苦労はもちろんありますよ。

1曲作るまでに、本読んだり、でかけたりして
それから楽譜を作り始めるとしても、にらめっこして全然進まなかったり・・・

でも5時間、8時間、

ずっと閉じこもっていて作曲をしている時も

本当に楽しいんですよ!

だから全然苦労じゃない!

好きな事をしている時は本当に時間が経つのが早いっていいますね。
本当にそう!

だから好きなことをしているとあっという間に人生が終わってしまうかもしれない。

happyさんも書いているように

「大好き」な世界に溺れるのか
「我慢」の世界で顔を歪めるのか

「条件・才能・資格」ではなく
自らの「選択」によるものだから。


です!

結婚したから、お金がないから、子ども生まれたから・・・

という理由で、僕は一度も就職しようと思ったことはありません。

子どもは欲しかった、でもまだお金がないから育てるのは無理だよな〜って
思っていたけど
奥さんは違った!

今もお金はないけど

子どもが二人います!

そしてなんとかなっています。

不安や恐れ、それはいつでもやってくるかもしれないけど
でもそれは幻想ってことですね。

お金があったら、成功したら、時間が出来たら・・・

あまり関係ないってことですね。

そう、うちもなんとかなっています!

あっ、で、今日のブログは作曲家のなり方だった。

昔は依頼されたものは、何でもやっていました。
もちろん書くのが好きだからってことはありますが
それで広まればいいなっというのもありますし。

でも最近は「これやりたい」って感じるものは
引き受けるようにしています。

自分の声に従って、やりたくないものはやらないってことです。
例えそれが、お世話になっている方の依頼だったり、友人からの依頼だとしても
心がやりたくないって感じていたら、断るということです。

ちょっと勇気が要ります。
まだまだ悩んでできない時もあります。

でも、自分の気持ちを優先させるということは
自分の大好きな世界を創る、ということ!


そうやって、喜んで書いてきた音楽、作品は
やはりちゃんと僕に嬉しい形で帰ってくるようです。

2015年の12月まで、
2016年中の作曲依頼は全部で4曲でした。
(そのうち3曲はほぼ無料です)

しかもバイトもやめているので、僕に入ってくるお金のあては
ほぼありませんが

でも、不安もそんなにないのですよ!

そして2016年3月15日現在。

あらたに入ってきた仕事は
作曲が3曲!
編曲が3曲!

長い付き合いのある方もそうですし、
去年初めて知り合って、僕の曲を気に入って下さった方からの
嬉しい依頼もあります!

15万、10万円の仕事も入っています。

もう何も心配しなくていいのですよね。

僕は作曲家になると決めただけ!
あとは書くのみ!

だって去年はまさかのピアノソロ楽譜集が出来たんですもの!
仕事ではない、自分の好きな曲、友人に送った曲が
ちゃんと形になっている!

決めて、あとは夢を語って、イメージしていきましょう!

僕が毎日読んでいる心屋さんのこの記事!
http://ameblo.jp/kokoro-ya/entry-12138542473.html

これも最高ですよ!

2008年に書いた夢がちゃんと今叶っているっていう!(本人もびっくりみたいな)

だからどうなるか分からないけど
口に出して、伝えて、語って、書いて・・・

まだなっていなくてもそうするだけで
現実が近づいてくるということです。

なので作曲家のなりかたというのは・・・

「僕は作曲家です!」と
堂々と言えるようになること!


もちろん音楽を作ることや楽譜を書くことが大好きであるということが
大前提になりますかね。

それで僕は有名になって
子ども達に自分の体験を通して、希望を与えたいし、
地元の観光大使にもなりたいし、
僕の曲を日本中の子ども達がピアノ発表会で弾いて欲しいし・・・

CD,楽譜をどんどん出したい!
絵本音楽を全部楽譜&CDにして、全国の保育園や幼稚園も回るのも
楽しいかも!

さて、言葉に出したぞよ!

いつ叶うかな??

楽しみ!

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